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特集ワイド:この国はどこへ行こうとしているのか 犬養道子さん 毎日新聞 東京夕刊 ニュースセレクト 話題 無断転載禁止

特集ワイド:この国はどこへ行こうとしているのか 犬養道子さん <おちおち死んではいられない>
 ◇人と会い、話しかける−−評論家・87歳・犬養道子さん
 ◇豊かなのに関心がない パーソンを尊重すれば、自らの価値を見いだせる
 新緑の林に囲まれた神奈川県内の高齢者用マンション。そのロビーで、犬養道子さんは待っていてくれた。白いインナーに朱の上着。真っ青なラピスラズリ(瑠璃(るり))のネックレスとイヤリング。若葉のように生き生きとして、きっぱりと言い切った。
 「わたくし、いつ死んでもいいと思っています」
 あわわわわ。「今日は『おちおち死んではいられない』の取材なんですが」と言う間もなく、「毎日、毎朝、そう思ってます」。
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  「今日が最後なら、これとこれをやらなければ、と思うでしょう。すると結局、一番大事なことは人と会うこと、コンタクト、コミュニケーションです。ところが外国に出ると、日本人がいかにコミュニケーションが下手か分かる。失礼だけど、最高学府を出たような頭のいい方がダメね。パーティーでも知っている人としか話さない。黒い肌の人になんか話しかけもしない。国会もそうです。与党と野党をご覧なさい。相手の主張を攻撃するのはうまいけれど、ディスカッションになってない」

 ずばり。単刀直入。

 「コミュニケーションができないから、コミュニティー意識も生まれない。子どもから高齢者まで全部、今の日本にとって一番大切なのは、話しかけることを習うことだと思います」

                     ■

 5・15事件で暗殺された祖父(犬養毅首相)を通して、偏狭なナショナリズムの愚かさを知った。太平洋戦争中にキリスト教の洗礼を受け、戦後は欧米各地に住んで聖書を研究。初めてタイの難民キャンプを訪ねたのは1979年、58歳の時だ。

 「素人の正義感で一体何を」という声もあった。聞きたかった。普通ならこれから老後を楽しもうと考える時期に、なぜ。

 「それはね、わたくしは自分を『うそつき』だと思ったからです」

 犬養さんは穏やかに笑った。

 「わたくしはそれまでに相当に聖書について書いてきました。けれど私は一体何をしてきたでしょう。人が苦しんでいることを分かっていたのに。つまり自分を裁くのは自分なんですよ。神様じゃない。わたくしを最終的に救援活動に飛び込ませたのは、パリの路上で出会ったベトナム難民の男の子でした」

 養父らしきパリジャンに手をひかれたその子は、いきなり犬養さんに抱きついた。「ママ! ママ! どこへ行ってたの」

 「東洋人だったから、記憶の中の母親と勘違いしたのね。泣きながら『ママ、うちへ帰ろう』って。かわいそうに、どうやっても離れず、パリジャンも私も涙が止まらなくて。それからあなた、気がついたらタイ行きの飛行機の中だったの」

 それが単なる偶然か神の意思かは分からない。確かなのは、60歳で難民救済と環境保護のための「みどり1本」運動を始め、62歳で難民教育支援の「犬養道子基金」を設立したこと。以来、若くはない身にナップザックを背負って、アフリカ各地、セルビアとボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボにも出向いた。

 最近、中高年女性向けのおしゃれな雑誌の創刊が続いている。驚くほど高価な化粧品。「いつまでも若々しい」笑顔。犬養さんの生き方とは、あまりに違うな、と思う。

 「懸念していることがあります。今、日本では死刑廃止はとんでもないことのように言われている。でもこれは、国家が人を消す、パーソンを殺すことができるのかという問いです。わたくしはできないと思います」

 パーソンには的確な日本語訳がない、と犬養さんは言う。「単なる個人ではなく、何億人がいてもその人はひとりきり、失われたら取り戻せない一回性、唯一性が強い。だからパーソンは尊重されなければならない」

 キリスト教を基盤とするヨーロッパ思想の核となる考えだ。 「最近、検察庁が死刑を望んでいるように思えるの。罪を重く重くしようとしている。正義ではなく、まるで復讐(ふくしゅう)。でもわたくしは、一国の法は、復讐心を満たしたり、人を消してしまう権利ではなく、人間を良くする義務を持つと思います。改心させることです」

 そうして付け加えた。

 「国家として裁くのに、国民にきちんと勉強する時間を与えないままに、裁判員制度を導入する。とても疑問ですね」
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 難民支援をめぐる状況も、悪くなっていると言う。

 「20年前は、警察が難民を留置中などと連絡があり、訪ねて通訳をしたりできた。署長が私の本を読んでくれていたりした。そういうことが今はできません。市民も難民に関心がない。これだけ豊かになったのに、精神的なインタレスト(関心)がなくなってきている。私の娘時代はこんなに忙しくはなかったですよ。魚屋さんも豆腐屋さんも早朝から働いていたけれど、夕方には縁台でおしゃべりしていた。都会ではもう隣人も知らない。テレビで『家族に乾杯』なんて言っても、乾杯の前にくたびれ果てている」

 「クレジットカードを出すと『サインをいただいていいですか』と聞くでしょう。いたずらで『よくない』と言ったの」

 あははは。

 「店員はあわてて、笑うこともできないの。マニュアル言葉で、語彙(ごい)がどんどん貧しくなる。すると自分の思考もなくなっていく。生き生きとした人間の言葉のやりとり、会話がない。それがとても気になるの」
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 初めてタイのキャンプを訪れた時、200人の孤児が世話をする人もなく集められていた。

 「わたくしはもう、歌って踊るほかなかった。それを見て喜んで、手をたたいて。その笑顔を見た時、今死んでもいい、と思いました。一人の子を笑わせることができただけでもありがたい、と思ったの」

 そばにいて話しかけるだけで、人は人の心を救うことができる。他者のパーソンを大事にすることで、自らの価値、自らのパーソンを見いだせる。

 驚くほど小柄な犬養さんが小さな金色の巾着(きんちゃく)を揺らしながら去っていく。巾着には自分が倒れたらどうするかを指示した紙が入っている。葬儀で読み上げる聖書の一節も決めてある。

 どの一節なのか。うかつにも聞きそこねた。【太田阿利佐】

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 ■人物略歴

 ◇いぬかい・みちこ 
 1921年東京生まれ。48年に渡米後、欧州各地に在住。パリ・カトリック大学で聖書学を学ぶ。「犬養道子基金」代表。著書に「人間の大地」「聖書を旅する」「犬養道子自選集」「歴史随想パッチワーク」など。