しあわせのトンボ:犬と5月の山野=近藤勝重 月に一度は電話してくるA君から音さたがない。仕事が忙しいのかな。それとも何かあったんだろうか。気になって電話すると、恐縮した声が返ってきた。
「連絡せず、すみません。実は犬が病気で死にまして……」
A君は結婚しているが、子供はなく、柴(しば)犬を飼って夫婦で可愛がっていた。愛犬を失った悲しみは相当深かったのだろう。
「しばらくウツウツとしていまして。今はどうにかやっていますが」
近況を話す声は、まだ弱々しかった。 毎日新聞 東京夕刊 ニュースセレクト 社説・解説・コラム 無断転載禁止
ぼくも犬が大好きだ。散歩の時など、こちらの姿を見るや飼い主を引っ張るように走ってくるワン君もいる。愛情表現はストレートで、しばしば唇を奪われる。
愛犬に癒やされるという話はよく聞く。その通りだろう。一方、犬は犬で人間が頼りである。彼らは外に出たくてもドア一つ開けられない。ご飯、散歩、ボール遊び。すべて、人間がいてくれてこその楽しみである。また人は、そういう犬と一緒にいて、動物を慈しむのが人間なんだ、と自覚するわけだ。
<人はかつて住んでいた森を離れ平地に降り、人間だけで住むようになった。同種の動物だけが固まって暮らすのは地球上で初めてのこと。その時、人間の心に何らかの「歪み」が生じた。例えば「人間とは何?」ということがわからなくなった。そういう場合、人は人間以外の動物を鏡にする>
日本最北の動物園、旭山動物園の園長、小菅正夫氏がお書きになったエッセーの一節である。「どうして人間に動物園が必要か」ということに答えたくだりだが、そんな動物たちの中でも、犬は大昔から人間のパートナーであった。
野心も利害もなく、ただ無心に振る舞う犬。そんな姿を見て、人間はどれほど自分の歪みに気付かされたことだろうか。
5月である。行っても行っても新緑である。行く雲、流れる水。花は咲き、鳥は歌っている。と一瞬、風が吹いて、日の光が天から差し込んだかと思うと、青葉若葉が狂おしげに輝いてみせる。
愛犬家のみなさんはご存じだろう。犬が一番好きな場所は、生きとし生けるものとともにある山野だと。
愛犬が生きていれば、A君は5月の山野にドッグランの場を求めていたことだろう。(専門編集委員)
しあわせのトンボ:犬と5月の山野=近藤勝重 毎日新聞 東京夕刊 ニュースセレクト 社説・解説・コラム 無断転載禁止
- 2008/05/07(水) 15:03:00 |
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